僕の母方の祖母は戦争時に一時期保健婦という仕事で東京に居たそうだ。
詳しくは聞かなかったが怪我人の治療や保護をしていたようだ。
仕事の期間が一時的に終わり福島に戻ることに。
福島に引き揚げた数日後にその家のあった場所は空襲で焼け野原。
そんなことがあったら僕はこの世に存在しない。

その祖母の実家を継いだ親戚のおじいちゃんは青年期に特攻隊に入った。
いわゆる赤紙が届いた。
絶望だった。

終戦があと2日遅かったらゼロ戦で出撃していたそうだ。
そのおじいちゃんの家には日本国旗がそれとなく飾ってある。
たくさんの文字がそこには書かれていた。

小さい頃にその日本国旗のことを聞いてみたことがある。

その国旗に書いてあるメッセージは出征の時に町民や親戚からの別れや応援の言葉。
俺は一度死んでいたんだ、と言っていた。
子供心にも恐ろしかった。

その気持ちを忘れねぇためにここさ置いてあるんだ、戦争は怖いぞぃ、と言った。

妻の祖父の兄弟はパプアニューギニアで戦死したそうだ。
靖国神社にしっかりと名前が残っている。

妻の祖父は戦争中に中国で片腕を失った。
しかし中国人に助けられて生き永らえた。

僕らの世代は家族や親戚からいろんな話が聞けたギリギリの世代かもしれない。

いろいろな想いを込めて、終戦記念日。