毎年7月7日前後のブログは祖母の命日のことになる。
世間は七夕なんだけどどこか自分には関係ない気がする日。

僕は幼少期は祖母に育てられた。母親代わりだった。

両親は仕事が忙しく僕達兄弟をかまっている暇も無かったし晩ご飯の時間にもいないことが多かった。

僕が小学校に上がるころ祖母が福島から上京して同居が始まった。

僕と弟がいわゆる鍵っ子になるのが不憫に思えたようだった。

何か学校行事がある時もお弁当は祖母が作ってくれた。

でも他のお友達のが華やかなお弁当だったのに比べて地味な自分のお弁当が嫌いだった。

お友達の家に遊びに行くとお母さんの手作りクッキーやケーキが出された。スゴい!と思っていた。

友達がウチに来たってそんなもんは出てこない。

祖母に反発したこともあった。

今にして思えば懐かしい。

晩年はあまり話も出来なくなっていたが手を握るとずっと離してくれなかった。

あの強く握りしめられる感触を思い出すだけでも切ない。

出来ることなら僕が整体師として独立開業するまで生きていて欲しかった。

整体師としてプロになる直前に祖母は逝ってしまった。

僕が生き生きと働く姿をその目で見せてあげることは出来ずじまいだった。

10年くらい前までは僕のことが心配になったり欲しいものがあると夢に出てきてあれこれ言っていた。

優しく見守るような視線を送ってきたり、のどが乾いた、お茶が欲しい、おまんじゅうが食べたい。

その都度福島の親戚の家に電話した、仏壇にそれを置いてあげて、と。

すると『そういえば最近あげてなかったわ、でも不思議とあんたのところの夢にしか出ないよね』などと伯母に言われたものだ。

それで満足するとしばらく夢に出てこなくなる。

でもそういえばここ数年は夢に出て来ない。

そろそろ思い残すことなく納得してくれたのかな。

毎日話しかけてはいるんだけどこの日だけはどうしたってたくさん話しかけてしまう。

たまには夢でも逢いたい。

そんなことを思った日。

七夕か。