ママの家でまたひとしきりお話をした後はダグが眠る墓地へと向かう。
今回の旅の目的地。
そこはママの家から車で約10分。
あいつは広大な墓地の中にそっと眠っていた。
約2年ぶりの再会は形を変えてのものではあったが。
喜んでくれているだろうか。
あの日以来「Hey TADA!!」というダグの声が何度頭の中に去来したことか。
再会はとても静かに。
いつもの挨拶はない。
こちらではお墓には国旗を捧げるのが習慣だ。
なので彼のルーツとなるオーストリアの国旗とアメリカの国旗、そしてあいつが愛して止まなかった日本の国旗も挿してきた。
広大な墓地において日本国旗がはためいているのはダグのお墓だけだろう。
ダグ、嬉しいだろ?
ペニー(1セントコイン)と小石を墓石の片隅にそっと置き(これも習慣です)、水をかけ墓石をきれいに。
その墓石には
MY TREASURED GIFT FROM GOD
と記されていた。
ママがどんな想いでいたか…
察するに余りある重い言葉。
しばしの間物思いにふける。
ここは風の音以外何もしないとても素敵な場所であった。
ダグに会えて一種の安堵感を僕は感じた。
ダグが急死したときに感じていたえも言われぬ罪悪感は少しは消えた気がする。
その隣には僕もお世話になった彼の祖母のお墓。
そこに一緒にあったのが“ベトナムの地に捧ぐ“の言葉。
ダグの父、リチャードはベトナム戦争の惨禍に巻き込まれたのだった。
愛する人を3人も失った悲しみがママを襲っていた…
ダグとダグの祖母、それから会ったことのないダグの父へもお参りを済ませて別れを告げる。
この十数年いろいろとありがとう。
お前と会って、それをきっかけにさらにいろんな人達に逢ってきた。
それはお前がいなくなってからも同じだよ。
今回の渡米でもいろんな人に逢わせてもらってる。
僕の世界は確実に広がっている。
これからもずっと見守っていて欲しい。
またたいつか会いにくるからさ。
それじゃ、またな、ダグ。
R.I.P DOUGLAS IAN GENTRY

