今日は用事があって一日出ずっぱり。
休みなのに休みじゃないかんじ。
どうも、コトーです。
先日テレビを見ていて芸人がカブキのマネをしていたのでつい書きたくなってしまいました。真剣に書いたら一週間くらい続いてしまいそうなのでさわりだけね(笑)
今日は80年代に一世を風靡した
”東洋の神秘”ザ・グレート・カブキをマニアックスしてみようかと。
ワタクシと同世代の男子ならまず知っているでしょう。
顔に歌舞伎のクマドリを真似して戦っていたペイントしているあのレスラーを。
子供心になんてすごいレスラーなんだ!と感動しておりました。
試合前にはヌンチャクを振り回し、緑色の毒霧を天井に向かってピューと吹く。
あの頃はみんな口に水を含んでピューピューやってました(笑)
それに入場の時は毎回違うコスチュームでオリエンタルなムード一色。よろい、忍者、能面、連獅子などなど。
アメリカで成功した数少ない日本人レスラー。
80年代前半のアメリカでは彼の出る会場はどこも満員。ギャラも破格だったそうだ。
実は技という技はあまりない(笑)けれど”間”をとることがうまかったですね。
その数少ない技といえばトラースキック、アッパーブロー、正拳突き、ショルダークローそしてピンチになった時の毒霧(笑)
そんな技が見たくて中学生のワタクシは会場に行ってました。
そういえば小学校6年生の時にトモダチのシュン君と池袋にある西武の屋上でカブキのサイン会があると聞いて行きましたよ。
あれは土曜日でした。学校から帰ると真っ先に西武線に乗り込み池袋へ。
そしたらショッカーみたいなヒト達とヌンチャクで戦うというショー(笑)
そのあとはサイン会。
サインしながら何か優しく声をかけてもらったことが記憶にあります。
まだそのサインは大事に取ってありますね。
実家の押入れに。
その頃のワタクシの愛読書はカブキの自伝、新聞はプロレスネタいっぱいの東スポでした(笑)
完全に頭の中はカブキモードだった頃です。
ただのプロレスバカ小学生でした。
しかし学校の成績は良かったですよ(笑)
カブキの正体である高千穂の名言。
「高千穂はミズーリ川に身を投げて死んだのさ・・・」
その位の覚悟でカブキに変身。
アメリカでブレイクしているにも関わらず、83年馬場さんの命令で帰国。随分と無念だったと近年のインタビューでの彼の言葉。
やはりワタクシ思うに、彼の持っているオリエンタルな雰囲気は日本よりもアメリカで際立っていましたね。
ワタクシ秘蔵の80年代アメリカンプロレスビデオコレクションの中にはカブキが生き生きとアメリカマットでファイトしている姿が映っています。
ダスティ・ローデス、エリック兄弟、ブロディ、リック・フレアー等々・・
アメリカ人が考える勘違いの怪奇派オリエンタルがそこには凝縮されていたのでしょう。
もうあのように夢のある日本人レスラーは出てこないでしょうねぇ。
そんなカブキさん。
いまでは飯田橋から歩いて10分くらいの所でお店をやってるんですね。
その名も「かぶき」。
やきとりとかちゃんこを出しているそうです。
行こう行こうと思いつつ早数年。
近々潜入してカブキさんの昔話でも聞きたいと思っております。
一緒に行きたいヒト募集中!
っていないわな。そんなマニアックなヒト・・・
弟でも連れていきます。
はい。
