アメリカン・プロレス好きで彼を知らない人はいないだろう。
レイザーラモンことスコット・ホール。
彼のインサイドワーク、受け身は超一流。
いわゆるプロレス頭のあるレスラーだった。
昨夜からアメリカのプロレス友達が彼が心臓発作で病院に入っている、病院に家族が全員揃ったらチューブを外すようだと書いていた。
アルコール依存、薬物中毒、心臓の問題。
1980年代以降のレスラーにはよくある現実だ。
今朝彼の逝去のニュースを見て現実となってしまったことが残念でならない。
彼の試合をアメリカの会場で何回か観たことがある。
1番印象に残っているのは…1994年3月のWWFのレッスルマニア10でのレイザーラモンvsショーン・マイケルズのWWFインターコンチネンタルタイトルを賭けた一戦だ。
この試合はラダーマッチ(ハシゴマッチ)で行われた。
リングに立てかけられたハシゴに登って天井からぶら下げられたベルトを取った方が勝ちという特殊な試合形式。
ここNYのマジソンスクエアガーデンでショーン・マイケルズに勝利した試合は彼の出世試合だった。
この試合を生で間近で観れたことはアメプロファン冥利に尽きる。
45年プロレスを見続けているがこの試合は僕の生涯のベストバウトのベストテン上位に入る名勝負だ。
後に2人がこの試合を語るトーク番組
翌年1995年8月のペンシルベニア州ピッツバーグでのサマースラムで同じカードが組まれた。
この試合を観たくて再び渡米した。
結果彼はショーンに負けてしまったが最高の試合内容だった。
そしてこの試合後にレスラーが宿泊しているホテルのバーに行ってみた。
だいたいレスラーはそこで飲んでいるのだ。
バーに行くとレイザーラモンとブリティッシュ・ブルドックことデイビーボーイ・スミス、1-2-3キッドことショーン・ウォルトマンが3人でテーブルを囲んで飲んでいた。
今では考えられないが当時はそこにファンが訪ねて行き話したりサインをもらえたりしたものだ。
他のファンが離れた隙に僕も3人に話しかけた。
すると3人とも日本人にはとても好意的でひとしきり相手をしてくれた。
なぜか酒までご馳走になり楽しませてもらった。
そのかわりイタズラ好きな3人にイジられまくって、僕の着ていたTシャツにマジックで落書きだらけにされてそのTシャツは捨てて帰ってきた笑。
おそらくその頃から重度のアルコール依存だったのではないか。
そんな飲み方、酔い方をしていた。
その後レイザーラモンのフィギュアを日本から持参していたので(マニア魂すごいでしょ?笑)それにサインを入れて欲しいと言ったらあとで彼の部屋に来いとのこと。
マジか??
まさかあっち系??ww
と思ったがそのような噂は聞いたことがなかったので安心しつつも恐る恐る友人と一緒に部屋を訪ねた。
ドアをノックすると部屋に招き入れてくれてフィギュアにサインを入れてもらったという超ド級の思い出がある。
本当にファンに優しいレスラーだった。
そのあとはサイン会でもお会いする機会はなくそのまま。
彼の直筆サインが入ったフィギュアは僕のフィギュアコレクションの中でも自慢の逸品だ。
近いうちに納戸から出してみようかな。。。
アメリカのレスラーにはファンレベルとしてはかなり近づいていった方なのでいろんなレスラーとたくさんの思い出がある。
20代のマニア魂と行動力は恐ろしい。
レイザーラモン、名勝負をありがとう。
お酒もごちそうさまでした。
どうか安らかに。
RIP Scott Hall a.k.a Razor Ramon


