母の葬儀は亡くなって1週間後の先週の土曜日に執り行われた。
母が亡くなってからの1週間はあっという間だったしそれが終わってからの1週間もまた早かった。
亡くなった日は病院から葬儀屋に直行。
すぐに葬儀屋との連絡、話し合い。
葬儀の諸々を決めてまたその数日後にはお墓の見学、そして契約。
なかなかのスピード感。
その間仕事の合間に遺品の整理などをしながら葬儀の日を迎えてしまった。
なんならあと1週間くらい安置してもらいながら母の亡骸に会いに行く生活も悪くなかったかもしれない。
その間お袋には冷たいところで寝ていてもらうことになるのだが。
まぁ人とは勝手なものだ。
葬儀の日までの1週間は非常に疲れていてベッドへ入ると瞬間的に眠ってしまう。
しかし葬儀の前夜はドロドロに疲れていたがやることがあったので深夜1時半に寝たのにも関わらず4時半に目がパッチリと開いてしまう。
そして生前の後悔が頭をよぎり枕元を濡らしてしまった。
当日の朝は入院している父を病院に迎えに行ってから葬儀場に入る。
納棺された姿を見てまだ未練があることに気がつく。
もうどうにもならないのだ。
母を見ていたら出棺される前に触ってみたい気持ちが出てきた。
ここ1年はたまに手を引いたりすることがあったけど小さくて細くて頼りなさげな手になっていてショックを受けたこともあった。
やれることはもうこの瞬間しかない。
母の頭蓋骨を調整して送り出すことにした。
冷たくなった母の顔と頭を触る。
下顎骨、上顎骨、頬骨、前頭骨、側頭骨、後頭骨。
いつもの通りに検査してみる。
蝶形骨がパターン通りにズレていた。
後頭骨を両手で持った時の感触。
この感触、感覚は一生忘れないことでしょう。
整体師になって良かったと日々思うのだが母を送り出すその瞬間も整体師でいられたことはこの道へさりげなく導いてくれた母への恩返しのひとつになったのではないだろうか。
そして出棺。
ここでは僕の昔からの友人や業界での恩人である藤沢先生にも棺を持っていただいた。
火葬とは不思議な儀式である。
亡骸が残っていると未練しかないのだがいざ火葬されて骨となって出てきた瞬間に良い意味で諦めがつくのだ。
これで母の人生と残された家族のしばしの別れだ。
なぜか涙は出ない。
火葬されたことで気持ちが区切られた。
皆涙を流さずにただ骨を見つめている。
火葬という儀式は未練という気持ちを上手に断ち切ってくれる作業として機能していたことに初めて気がついた。
もし亡くなってすぐに火葬されてしまったらこのように穏やかにはいられなかったのではないだろうか。
1週間の猶予で少しずつ悲しみや喪失感という感情を飼い慣らすことができたのだろう。
人間をやっていると困ることがある。
いろんな場面であらゆる感情に支配されていることだ。
この日だけでどれだけの感情が動いただろうか。
その都度楽しかったり悲しかったり切なかったり嬉しかったり。
魚から両生類になり猿から人間になって人間の脳というものがここまで豊かな感情というものを進化させてきたことは奇跡である。
父があれだけ気落ちしている姿は見たことがないくらいだが我が家は昔からブラックジョークが多い家だ。
火葬場で父がもう死にたい、一緒に燃やしてくれと言っていた。
僕と弟は父を慰める。
どうせ長くないんだからもうちょっと頑張れよ!w
墓も契約してあるしいつでも入れるんだから焦らなくていいよ!ww
親戚一同どっと笑いが起こった。
そして弟がおもむろに父の写真を撮りだした。
なにかと思ったら遺影の撮影だ(笑)
そして父は鉄板のギャグとピースサインで逆襲。
イエ〜イ
また一同笑いに包まれた。
我が家はまだ大丈夫なようです。
このたびは各方面からお香典やお花、お線香などのお気遣いをありがとうございました。
古くからのクライアントの皆さん、友人、同業の仲間、教え子。
いろんな繋がりを感じることができました。
母も楽しげにあの世に行けるのではないかと。
このたびは母の葬儀に関してお気に掛けていただき本当にありがとうございました。

