なんでもそう。
これはクセなのか。
出会った人でもライブでもプロレスだってそう、ただ受け身で会話したり見たりしているだけではなくそこに『文化』があるかどうかを確かめてしまう。
整体や療術家でもそう、あなたのやっていることに『文化』はあるのか?と問いたい。
それには時間をかけて育ててきたり哲学があってやっていることなのかどうか。
先人の素晴らしい何かをリスペクトしてそれをそのまま受け継ぐのではなく自分の味を足して文化として育てているかどうか。
そんな感性が必要かも、とか思う。
そういう意味ではメキシコのプロレス、いわゆるルチャリブレというものには闘いをベースに置いておきながら笑わせる、驚かせる、そして魅せるということに特化した庶民の娯楽である。
そう、そこにはメキシコの文化の薫りがプンプンするのだ。
メキシコはどちらかというと経済的には貧しい部類かもしれない。
メキシコのプロレスラー(ルチャドール)はトップに食い込めばサッカーなどのいくつかの人気スポーツに類するようなかなりの高額収入を手にできる数少ない仕事なのかもしれない。
人生の一発逆転だ。
だから練習して感覚を研ぎ澄まし、自分にキャラクターをつけてそれを『演じきる』のだろう。
メキシコには仮面信仰という古代アステカ文明から脈々と受け継がれる土着信仰が存在している。
例えば鳥の仮面を被ると空が飛べる能力が、魚の仮面をつけると泳げるようになる、とかいうこと。
だから覆面レスラーはただのデザインではなくその仮面信仰に基づいた『文化』なのだ。
いろんな神に味方してもらい闘いの場で舞う。
言うなれば歌舞伎や能楽などと似ているかもしれない。
お約束のムーブあり、予想外の動きあり、神々しささえ感じる瞬間がそこにはあまたある。
こういう闘いというのも神への捧げものだったりもするのだ。
昨夜はそんなスペルエストレージャ(スペイン語でスーパースターのこと)達の舞いをみていろいろ考えた。
そんなスペルエストレージャ達も試合後は非常に気さくで写真の通り。
ファンをとても大切にしている。
国境を越えた感動、繋がりなどなど。
昨夜来日していたルチャドールはピラミッドの1番上の人だけ。
その影にはたくさんの夢みた若者が散っているはず。
またそんな素晴らしいスペルエストレージャ達に会いたい。
ルチャドール、神に選ばれし者の光と影。
Sol y Sombra.
僕の天職、整体に通じるsomethingがそこにはあった。
VIVA LUCHA LIBRE!!





