ロビンソンの名前を聞いてピンと来るのはプロレスマニア、もしくは40代以上の男子だけだろう。
ロビンソンの技ではダブルアーム・スープレックス、ワンハンドバックブリーカーがすぐに思い出される。
彼の全盛期はどっちかというとガチなタイプで対戦相手には嫌われていたかもしれない。
60年代後半から70年代後半くらいまでが彼の全盛期かな。
子供の頃にテレビで観ていたころもまだまだ強かった。
僕が会場で生で観たときにはすでに峠を越えていたので強いというよりはいやらしい攻め方をする頭脳派なタイプという印象だった。
晩年は10年近く高円寺に住んでレスリングを教えていたので日本人とはかなり深くお付き合いしたガイジンレスラーなのではないでしょうか。
僕が初めてロビンソンと遭遇したのはアメリカ・ノースキャロライナ州シャーロットで開かれたNWAファンフェスでのこと。
2009年だったかな?
ロビンソンはとても優しく日本語も交えながらサイン会の間にしばし時間を取ってくれた。
一緒に撮った写真にカタカナで『ビル・ロビンソン』とも書いてくれた。
そして色紙には僕の名前も入れてくれたしさらにはカタカナで『プロレス』とも書いてくれた。
このサイン色紙は宝物。
サービス精神旺盛な人間風車。
とても素敵な笑顔が印象に残っている。
写真にあるチャンピオンベルトはUNヘビー級のベルト。
その昔ロビンソンが巻いたことのあるベルト。
このレプリカは僕の私物。
アメリカまで重たいベルトを持っていったのだ、このベルトをロビンソンに触れさせ抱かせるためだけに。
ベルトの裏にはきちんとサインを入れてもらった。
だから僕のベルトにはロビンソンの魂が宿っているのだ!!
子供の頃から僕に夢、光、希望、マニア心を与えてくれた昭和の名レスラーが少しづついなくなっていくのは本当に寂しいこと。
でも我々プロレスファンの胸には強烈な思い出として残っている。
素晴らしい仕事をした証であろう。
いろんな人からリスペクトされこの世を去る。
男として純粋に憧れる。
R.I.P BILLY ROBINSON
Billy Robinson





